新栄の石川さんは筑豊の匂い満載

 飯塚に引っ越してきた人に、「とりあえずこの人だけは知っておいて」と教えておきたい人が一人いるとすれば、やはり麻生飯塚病院前にあるファミリーマート新栄の石川俊介さんです。
 まず、やさしいです。それから、好き嫌いがはっきりしています。次に、ちゃんと家庭があります。さらに「山笠」の副若頭です。そして涙もろいです。加えて、「明るい酒」を好みます。追い打ちで、「ママさんバレー」のコーチもはじめたそうです。
 飯塚に生まれ、遠賀川の土手を裸足で走って育ちました。筑豊そのものといえる人です。
 ファミリーマート新栄 新飯塚1824 営業時間は9時半〜午後8時 日曜休み

 ちなみに、飯塚に初めて足を踏み入れる場合、第一不動産がオススメする公式ルートは次の道筋です。
 。複區携喞猶悗鮃澆蠅鴇ε抗垢鬚泙辰垢以發ます。
 △靴个蕕行くと右に「にこにこ神社」があるので、そこで大願成就・家内安全・無病息災・商売繁盛・五穀豊穣を願って参拝し、それから隣の「マンディガジャ」に顔を出して「麻生病院前のバス停はどこですか」と訊きます。
 そのバス停のところに、石川さんの勤める「ファミリーマート新栄」があります。
 た訓匹貌って「石川さんはいますか?」と尋ねると、奥の方から石川さんが不審そうに顔をのぞかせるはずなので、「第一不動産のホームページで見てきました」と説明したら、「ああ、そうですか…」といっそう困った顔をすること請け合いです。
 ダ仞遒気鵑ら最近の飯塚情報を聞き、そのあと遠賀川にかかる「芳雄橋」から遠くに「筑豊富士」とは実際には誰も呼ばないボタ山を眺め、橋を渡って飯塚の繁華街や「嘉穂劇場」、能祖八幡宮を訪れるのがいいでしょう。


中国茶を生活に取り入れる楽しさ 飯塚市西町の中国茶館「茉莉花」モーリィー・フォア


 茉莉とはジャスミンの意味だそうである。西町7丁目で中国茶館「茉莉花」を経営している樋口美奈さんがそう教えてくれた。
 2年前にオープンしたこの店は120種類以上の中国産茶とハーブティーを扱う店で、販売のほか、お茶を満喫できる喫茶店としても利用できる。
 中国産茶というと、独特の香りが鼻をつくものだと思っている人もいるかもしれないが、この店で烏龍茶を飲んでみたら、「お茶ってこんなにおいしいの?」と舌を巻くはずだ。飲み終えた後も口の中に甘みが残り、それはもうおどろき。
 ちなみに茶葉は台湾の高級茶「阿里山高山茶」で、コーヒーカップ4杯分ほどで600円と安価。 樋口さんと中国茶との出会いは中国・上海。仕事で疲れていて、「ストレスにはお茶がいい」と現地の人に勧められ、飲んでみて本当にその通りだったから。
 「値段は一か月分1500円くらいから。16年モノや20年モノもあります。健康茶としてはプアール茶が人気です。日々の生活の中でゆっくりお茶を飲む時間があればステキですね」 ハーブティーは500円で、手作りケーキとセットで700円。ギフトとしても喜ばれそう。

 営業時間 10時〜8時 火曜日休み TEL0948(26)4760


毛利啓介さんの「ボヘミアンカフェ」には、『ゆるやかな夕暮れ空間』がある


 ガラス通しの店のドアを開けると、ちょっとほっとする。商店街の通りとは違った空間と時間の流れがそこにある。ソファや椅子が一見まばらなように置いてあるが、空間がゆったりしているので落ち着きを感じる。
 「ボヘミアン」とは元々、『ジプシー』とよばれてきた少数民族ロマを指す言葉。あるいはそこから発展して、「社会の習慣に縛られず,芸術などを志して自由気ままに生活する人や、ボヘミアン民族ふうのファッション」のことを言う。
 新飯塚15-24にあるボヘミアンカフェは、隣がお米屋さんだったり斜め向かいが韓国料理の店だったりするから、中に入って見なければその良さ(というか外との心地の違い)は分からない。
 「コーヒーを飲みながらのんびりできる空間を演出したんです」と毛利さんは言う。聞こえてくる音楽はジャズやボサノバが多い。
 ほぼ月に一回、福岡のミュージシャンによるジャズライブが行われていて、これを楽しみにしている人も多い。
 軽食やアルコール類もあるので、ちょっとした気分転換や一服したい時に訪れてみられてはいかがでしょう。

 営業時間 夕方5時〜12時 月曜休み TEL0948(21)5128


筑豊が生んだ造形アーチストの其田正治さん


 JR福北豊線と国道200号線が交差する所に、一風変わった二階建ての木造家屋がある。
 線路沿いに鯰田駅に向かっていくと、200号線の高架下にあるから知っている人も多いだろう。
 茶色のベニヤ板に覆われたようなその建物は二階に窓が一つもなく、どことなく人を拒絶した感じがする。
 そばに立っている看板で、ここが造形看板やアートを制作している会社であることが分かるが、それにしてもこの建物は人を不思議な気分にさせる。
 ここは「MASAJI・アート」の工房である。鉄や陶器で独特の造形物やモニュメントを作っている。一回はオフィスと工房で、作品の展示・販売をしている。二階はちょっとした応接室になっている。
 この建物は、所有者の其田(そのだ)正治さんと伊藤さんが自力で建てた。途中、広島の吉原さんという人が少し手伝ったが、それ以外は其田さんと伊藤さんの手作りである。
 造形のアーチストだから、家も建てられるし、鉄やFRPや陶器の加工もお手の物である。
 ちなみに第一不動産の外に置いてある二等身の人形も其田さんの作品。

 飯塚市鯰田2299-5  http://www.masajiart.gr.jp/


山本米穀店は新飯塚商店街で34年の歴史


 ちょうど主人の山本正敏さんが、米と灯油の配達から帰ってきたところ。この日はずいぶん寒い日でした。
 山本米穀店が、新立岩から今の店に移ってきて34年になります。
 この店は今どき珍しい、回天ダイアル式の黒電話を使っています。
 「もう頑固で、絶対にこの電話でいいと言い張るんですよ」。そう奥さんの数江さんは言い、「そりゃそうくさ、古い物でも大事にせにゃ。自宅にはプッシュフォンがあるけどな」と正敏さんは笑います。
 正敏さんは飯塚市の美化運動をやっていて、「花いっぱい運動」などに取り組んでいるとか。
 飯塚山笠では新流の長老的存在で、山(やま=山笠のこと)の期間中には道路の要所に立って交通整理をしてくれるなど、なにかと世話を焼いてくれます。

 山本米穀店 朝9時〜夜7時 TEL0948-22-0971


龍ラーメンは豚骨ラーメン40年の歴史


 店主の吉田秀信さん(57)は二代目。父親の代を入れると40年、この地で豚骨ラーメンを作っています。出汁は豚骨だけでなく鶏も少し入れているそうです。
 「昔はこのあたりだけでラーメン屋が10軒はあったけど、今は4軒にまで減ってしまった」と吉田さんは言います。
 奥さんの昌子さんは対馬出身。「魚はおいしいところですよ」とのこと。
 ここのラーメンは味わいが深くて安いのでオススメです。

 龍ラーメン 11時〜8時 TEL0948-22-0546 日曜休み


お酒を楽しみたい人は新飯塚の五龍酒店へ


 ソムリエと同じレベルの試験を受ける「コンセイエ」。フランス食品振興会が認定したワインの助言者です。
 コンセイエは日本に350人しかいないそうですが、五龍酒店の中村大一さんもその一人。ワインの知識は生半可ではありません。
 ワインセラーには常時500本をストック。在庫は3000本ほどあるとか。
 父親の中村行二さんも清酒の専門家で、清酒のセラーがある店は筑豊一帯ではここしかないのでは。
 ちなみに筆者はこの店で南イタリアの「ノランテ」をよく買います。

 五龍酒店 新飯塚11-3 TEL0948-22-1321 9時〜8時半 日曜休み goryu55iizuka@ybb.ne.jp


筑豊の映画監督といえばこの人


 松本廣さんは、今は飯塚に住んでいますが、映画「パンツの穴」をプロデュースした人で、名コピー「筑豊は屋根のないテーマパークです」の考案者でもあります。
 ふるさと筑豊への思いは強く、彼のホームページは動画や情報が満載で、一見の価値があります。第一不動産のホームページもいくつか参考にさせてもらいました。
 現在新作を構想中。

http://www.chikuho1.com/


伝統の息吹を目にしてきた田原履物店の田原治雄さん


 全国どこでもそうかもしれないが、思わぬ所に一角の人がいるものだ。筑豊でいえば田原履物店の田原治雄さんがそうだろう。
 新飯塚商店街に古くからある田原履物店は、もとは「田原桐材店」といい、昭和5年ごろに、佐賀から来た父親の辰一さんがこの地に開店した。
 当時は炭鉱景気で、仕入れが追いつかないくらい客が多かったという。一流の物が飯塚に集まるというので、東京や大阪から買いに来ることもあったようだ。今も店の奥に、婚礼の花嫁や芸奴が履く甲掘とか、伊達者が好んだ草履や下駄が置いてあり、当時の栄華をわずかながらしのばせる。
 当の田原さんは昭和21年に飯塚工業学校を卒業した後、ずっとこの店を手伝っていたが、32歳で「福岡銘菓原料蝓廚貌社する。この会社は当時、ひよこ本舗の餡(あん)を作っていて、そのノウハウを取得するため、ひよこ本舗から派遣された。
 以来、ひよこ本舗の役員を経て数年前に退職するまで、味作りの面で同社の発展に大きく関わってきた。時代の流れとともに現われては消えていった数々の商品も開発の中心に立った。
 今でも田原さんの手元には、おいしい餡を作る手順が示された分厚いノートが残っている。
 「これは人には見せられない」としぶる田原さんに無理を言って見せてもらったが、なんだか理科や化学のレポートを読んでいるようで、なるほど、おいしさだとか伝統の味というのは、しっかりした裏づけがなければ成り立たないのだなと感心した。
 飯塚市新飯塚4丁目
 TEL0948(22)1737
 9時〜6時 日曜休み


「カリカリでトロリ」を味わってほしい相田の「たこ坊主」


 飯塚市相田の林医院前にある、たこ焼の店「たこ坊主」。
 豊富な品数や、子供向け『5個入り100円』という工夫などもあって、夕方からは特に客が多い。
 近所に住む渕上さんという中年の男性が「ここにはほとんど毎日来るよ。気さくな店だしね」と笑いながら焼きあがりを待っている後ろに近所の子供が自転車で乗りつける…地元ならではの光景だ。
 この店を開いた理由を、「もともと、家族みんながたこ焼を好きだったし、地元にずっとかかわってもいたいから」だとオーナーの長沼信一さんは言う。
 長沼さんのほかに母親の孝子さん、妹の唐木久美さんが手伝っている。
 作り置きをしないことを基本にしている。「いくらおいしく焼いても、少し時間がたつと味が落ちてしまうから」と、作る手を休めずに唐木久美さんは言う。
 外はカリカリ、中はトロリの味はなかなかのもの。
 15個入り300円。塩、しょうゆ、ソース味のほかに、たこ坊主オリジナルの辛味噌もある。珍しい味なのでちょっとおすすめ。懐かしい味の「一銭焼」は一皿150円。これも見過ごせない。かなりイケますぞ。
 11時〜20時・月曜と第三日曜休み。駐車場有り。


大使館通訳や森前総理の書簡を翻訳した末次賢治さん



 鯰田に住む末次賢治さんは、筑豊唯一のプロ英語通訳者である。
 全国の企業200社の通訳や翻訳を手がけ、イスラエル大使館やカナダ領事館、チュニジア大使館の通訳も務めている。2000年の沖縄サミットでは公式パンフを全ページ翻訳した。
 そのほか森元総理の外交書簡を翻訳したり、神戸の都市計画文書や関西のワールドカップ招致パンフを翻訳するなど、飯塚を拠点に活躍している。
 嘉穂東高から佛教大学英文学科に進み、大阪の企業で通訳や商品開発に携わった後、7年前に帰郷し鯰田に事務所を構えた。
 地元に役立てばとの思いから、小学校のホームページを海外向けに英訳したり、インターネットで英会話を教えるなど、ボランティアも行なっている。
 英語が上達する方法は、「自分の生活を英語で実況中継するとか、新聞のチラシや広告を英語で説明するなど、口を慣らせるのがいいでしょう。これなら一人でもできます」。
 趣味は格闘技。レスリングで全国大会に出た経験がある。柔道3段。サンボも得意な種目。

 飯塚市鯰田2425-63
 TEL0948(28)4035


間違いのない仕事のできる幸野住建の幸野光秀さん

 弊社の低コスト高機能住宅「コンチェルト」だけでなく、お客様の新築から改装まで、30年の実績で間違いのない仕事をしてくれる幸野住建社長の幸野光秀さんです。住まいに関わることはたいてい相談に応じてくれます。
 研究熱心な人で、福岡はむろん、岡山の住宅フェアにまで足を伸ばして、新建材や新しいデザインを学びます。シックハウス対策やバリアフリーにも詳しい。
 幸野さんは筑豊人の代表ともいえる人で、仕事には厳しく、人にはやさしく、豪快で、それでいて細やかで、幸野さんと話をしていると話題が多く、時間が経つのを忘れます。
 たこ焼きが好物で、筑豊人らしく醤油味を好みます。
  幸野住建 0948―22−7868 飯塚市横田624−6


「飯塚にこんな店があるのか」と驚かれるワインバー、ラ・ピエス

 新飯塚7―25に、ワインバー「ラ・ピエス」があります。店主の久保井剛さんはU.S.A.認定ソムリエで、胸に金色の葡萄のバッチを付けています。
 ワインバーとしては本格的な店で、私(第一不動産社長・文野)も、遠方から来られたお客さんをお連れすることがありますが、「飯塚にこんな店があるとは思わなかった」と、異口同音に言われます。
 久保井さんのワインに対する知識はものすごく(当たり前ですが…)、かといって高尚ぶるのではなく、あくまでも客のレベルに合わせた態度です。彼独特の喋り口調は庶民的で、いかにも筑豊ならではといった感じがします。
 弊社お勧めのコースとして、まずイタリアワインとチーズ盛り合わせ、次に、チリワインかフランスワインの深いコクと、パスタやピッツアを楽しむ、というのはいかがでしょう。もちろん久保井さんがていねいなアドバイスをしてくれるとは思いますが。
 大切な人と大切な時間に、ラ・ピエスはすてきなひとときを約束してくれます。
 
 ラ・ピエス 新飯塚7-25 TEL0948-23-9348 携帯090-1161\3331
 営業時間 夕方6時〜深夜2時ラストオーダー 


いろんな人が集まる宿場町飯塚

 飯塚には宿場町という歴史があるからか、今もめずらしい人が集まってきます。
 この人もそのうちの一人。しょっちゅういるわけではありませんが、飯塚にいる時はこうして、冬は米軍払い下げのジャケットを着て、夏はいろんな柄のアロハシャツで、酒屋の前で缶ビールを飲んだりワインをたしなんだりしています。川本さんといいます。
 ものすごい読書家で、1か月に15冊から20冊を読破。ジャンルは司馬遼太郎ありゲーテあり、宮部みゆきあり、心理学や文章の書き方までさまざまです。
 弊社のホームページをデザインし、「筑豊検定準2級」の文面もこの人です。飯塚にいない時は広島や岡山や、生まれ故郷の山口県にいます。飯塚山笠の記念誌を取材執筆した経験もあることから、筑豊について見識は意外に深いかもしれません。
 縦書きコラムは:
 http://cgi.tako.ne.jp/~sys/cgi-bin/accel/shinjitu/shinjitu.cgi?mode=greendoorkey


有限会社トーンの菅太助さん

 飯塚近郊をエリアとした無料情報紙「チクホースキップ」を制作配布している、有限会社トーンの菅太助さんです。名刺を見ると肩書きには「EDITOR IN CHIEF」とあります。
 菅さんは1977年生まれ。トーンを創業した江藤裕仁社長とは同級生で、江藤社長を助けるために経営に参加しました。
 彼は物腰が柔らかく庶民的で、非常に好感がもてます。写真では目をつむっていますが、それも彼の愛嬌のようなものです。
 有限会社トーン 新飯塚4−17コンパルハイツ1F
 TEL0948−26−4777


豚骨ラーメンの店「スイフンガ」の田中さん一家

 新飯塚19-30にある豚骨ラーメンの店「スイフンガ」。場所は立岩公民館(飯塚市役所向かい)の裏の駐車場を挟んだところです。
「スイフンガ」は、中国とロシアの国境にある小さな町で、店主の田中雅寿さんがその地で生まれたことに由来します。
「この店で食べるようになったら一人前の筑豊人」。そう筆者(文野)は思っていますが、それはともかくとして、麻生大臣が帰省した折にこの店で食べるという「太楼麺」のほか、チャンポン麺はこの界隈でも逸品とされています。
 写真は左から奥さんの絹子さん、田中さん、娘の由美さん。

 スイフンガ 10時半〜8時 配達も可 TEL0948-22-1207 日曜休み


カットサロン「クローバー」の武内純夫さん

 私が行きつけにしているカットサロン「クローバー」の武内純夫さん(50)は、立岩にある聖母幼稚園で絵画教室の先生をしていることでも有名です。手先が器用で、子供山笠のミニ山を制作したり、新飯塚商店街の「ぶらり市」でいろんなアイデアを出したりします。
 飯塚山笠・新流のポスターを作っているのも武内さんです。

 カットサロンクローバー 朝9時〜夜7時 月曜休み TEL0948-22-5248 飯塚市新飯塚5−6


飯塚信用金庫の浜田久美子さん

 飯塚信用金庫・新飯塚支店の営業推進担当の浜田久美子主任です。
 とてもきびきびしていて、颯爽感がある人です。
 外回りが主な仕事なので、窓口で見かけることはめったにありませんが、新飯塚と新立岩に住む人で彼女を知らない人はいないといっていいでしょう。
 「宮田の支店から移ってきて数年経ちますが、今では担当地区のどこにどんな花が咲いているかまで知っていますよ」とのこと。
 ほんとうにシャンとしたいい感じのする人です。趣味はママさんバレー。

 飯塚信用金庫 新飯塚支店 飯塚市新飯塚9-21 TEL0948-22-0512


筑豊屈指のカメラマン、末永節夫さん

 末永さんといえば、一番食品の社員よりも「プロはだしのカメラマン」の顔のほうが有名です。
 飯塚山笠・新流のポスターは、彼と武内さんとで作っています。
 彼の作品を見ていると、プロには「写真で飯を食っている写真のプロ」と、「写真以外で飯を食っている写真のプロ」の二通りがいると分かります。
 写真撮影に興味がある人は彼からいろいろ聞いてみるといいでしょう。
 愛機は「ライカ」と「現場監督」。近々ホームページを作り、ネット上で個人写真展を開催したいそうです。
 彼の生活のパターンは、仕事が引けたあとボヘミアンカフェでコーヒーを飲み、そのあと「角打ち」で一杯やることが多いようです。ここでいう「一杯」とは、「たくさん」のほうの「いっぱい」です。


教育に関心のある桑原正嗣(まさし)さん

 佐賀県鳥栖市出身。1978年生まれ。
 2004年現在、九州工業大学4年生ですが、8年も通っています。彼は果たして卒業できるのでしょうか。
 「最近の趣味は釣りや貝掘り」だそうですが、知識の宝庫とはまさしく彼のことをいうのでしょう。ヒトラーの『わが闘争』や吉田松陰の著書『講孟箚記(こうもうさっき)』すら読破しているようです。ひえーっ!
 ちなみに弊社のホームページは彼の技術で支えられています。彼は後輩の面倒見がよく、教育ソフトを開発中とか。
 「夢ですか? 教育界に一石を投じたいですね」。
 こういう希有な人はずっと飯塚にいてほしいですね。いつまでも卒業しないことを期待します。


AUショップ若菜店中島季之さん

 穂波町若菜256-105の螢轡皀ワ通信敷地内で「AUショップ若菜店」の店長をしている中島季之さん。
 「シモカワ通信に勤めて15年になります。もう古株になりましたね」と言う。
 派手さはないがコツコツ積み上げていくタイプ。下川康弘社長には「早くおれの補佐役になれ」と叱られているらしい。
 「クレームを持ち込まれた時にいちばん力が出ます。お客の困った顔をみるとなんとか解決してあげたいと思う」
 「仕事をしていてうれしいのは、お客様がよろこんで帰られる時。その笑顔を見るために働いているようなものです」
 携帯電話のことで困ったことや疑問があれば中島さんに問い合わせてください。

 AUショップ若菜店 穂波町若菜256-105 午前10時〜午後7時 年中無休
 TEL0948-25-3363(AUショップ若菜店)
 TEL0948-25-7676(シモカワ通信)


井上洋服店の井上有比古さん

 元福岡PTA連合会会長で、今は顧問の肩書きのある井上有比古(ともひこ)さん。
 「子供の安全ネットワーク」を立ち上げた人でもあります。
 新飯塚ではなんとなくリーダーっぽい存在でしょうか。
 井上洋服店の経営が本業で、オーダースーツのほか、ユニフォームやスクールウェアを専門に取り扱っています。
 井上洋服店 飯塚市新飯塚6-16 TEL0948-22-3123
営業時間 朝8時〜夜7時


螢魯Εぅ鵐拭璽淵轡腑淵襪累戚郛管Г気

 彼はずいぶん長い間、二ツ折りじゃない古い携帯電話を使っていたんですよ。アンテナはもげていました。
 最近やっと、まともなケータイに替わって、相当うれしかったんでしょうねえ。極上の笑顔です。
 携帯電話やPDAなどを利用したシステムを作っている会社にいて、不便はなかったんでしょうか。

 濱野彰彦(はまのあきひこ)さん。1977年生まれ。山口県出身。
 彼が育った豊浦郡豊北町は、地図でいえば「下関の上のほう」。もっと上に行くと詩人金子みすゞを生んだ長門市に至ります。
 豊浦郡豊北町は海がきれいな小さな町で、なかでも角島大橋は国内屈指の美しさのようです。
 http://www.grow-web.jp/~yako/tunosimaaki/text/hasihyousi.html

 「飯塚をアジアのシリコンバレーに!」をスローガンとしている螢魯Εぅ鵐拭璽淵轡腑淵襪蓮∀妥聴貮廚気鵑箸いν名人が会長として就任していることで有名です。その会社で濱野さんは、経理と総務、人事を担当しているそうです。営業も少しはこなすようです。

 株式会社ハウインターナショナル 飯塚市幸袋560-8 アイビーコート2F
       TEL 0948-26-3800
       FAX 0948-26-3802
       URL http://www.haw.co.jp


韓国風居酒屋「さよ」で元気になる

 新飯塚商店街にある韓国風居酒屋「さよ」です。
 ここはちょっと、お勧めですよ。
 まず、韓国通もうなる味の良さ。
 そして、客同士がいつの間にか仲良くなる不思議な雰囲気。
 さらに、ママのにぎやかさと明るさにつられて(釣られて?)客もつい騒いでしまう楽しさ。
 福岡に出張で来た人がわざわざこの店まで来ることもあるようです。

 時間 午後5時〜12時 飯塚市新飯塚14-2 遠賀横町横
 TEL 0948-29-2014 月曜または火曜休み
 *写真右の若くてかわいい女性は、島根県出身の大学生。近大化学部に通っています。


土地家屋調査士の赤間秀樹さん

 不動産業界という仕事柄、土地家屋調査士や測量士の方々とは縁が深いです。
 1969年生まれの赤間秀樹さんもそのうちの一人。測量という仕事を通して筑豊を見つめ続けている人です。
 趣味は茶道(遠洲流)だとか。
 特技は「太ること」だそうです。はあ?

 事務所 飯塚市大字柏の森797の1 赤間登記測量事務所
 TEL0948-23-2280
 Fax0948-23-8330
 Email hideki-a@oks.or.jp
 http://www.oks.or.jp/^hideki-a/
 携帯 090-4989-4010
 ●写真の鉄道はJR新飯塚駅と田川後藤寺駅を結ぶ田川後藤寺線で、彼の会社のすぐそばにあります。


エスニック雑貨と衣料の「マンディ・ガジャ」

 新飯塚19-2にあるエスニック雑貨と衣料を扱っているマンディ・ガジャ。
 [MANDI GAJHA]と書き、「水浴びをしている象」の意味だそうです。
 タイ・バリ・インドネシア・インド・ネパールから取り寄せたアクセサリーや雑貨や衣料が並ぶ店内は眺めているだけでどこか遠くの国を訪れたよう。
 写真中央が母親の千香代さん、左が長女の理佐さん、右が次女の静香さん。いわゆる「美人母娘」ですね。
 マンディ・ガジャの右隣に、新飯塚商店街名物の「ニコニコ神社」があります。

 マンディ・ガジャ 飯塚市新飯塚19-2 TEL/Fax 0948-22-1661
 営業 10時半〜7時 日曜休み


飯塚山笠の作戦本部ともなる串料理の「鳥勝」

 飯塚信用金庫新飯塚支店の向かいにある串料理の店「鳥勝」(とりかつ)は、「仕事帰りに一杯やる」といった感じの店です。友人は「冷や奴にビールが最高」とも言います。
 1971年生まれの香月博明さんと母親の慶子さんがやっている店で、博明さんはなじみ客から「ヒロさん」とか「ヒロ」とか呼ばれています。
 冬をすぎて暖かくなると、この店は飯塚山笠・新流の作戦本部と化します。
 副若頭や作戦部長を中心に、「山」にのぼせた「のぼせモン」がジョッキを片手に串料理をつまみながら侃々愕々(かんかんがくがく)と論議をたたかわすサマは、それはもう騒がしくて鼓膜が破れそうです。

 鳥勝 (新飯塚病院通り)TEL0948-24-4768
 営業時間 夕方6時〜11時半 日曜休み


ジョイフル片島店の今村昭吾さん

 大学というところは勉強をする場所以外に、自分を再発見する場所でもあるらしい。
 ジョイフル片町店でストアチーフの立場にある今村昭吾さんは工業系大学の出身。当初はシステムエンジニアを志したが、途中から接客のおもしろさに目覚め、人生観が大きく変わったらしい。
 1976年生まれ。鹿児島県出身。
 「自分がどんな道を歩みたいか、それを設計し直してみたんです。現状に疑問を持つと大学は続けられませんよね」という。彼が途中まで籍を置いていた大学には、中退してトランペッターになり、福岡を中心に活躍している人もいる。むろん卒業して就職する人もいれば、会社を旗揚げする人もわずかながらいる。
 「お客さんとのふれあいがすごく楽しい。この道を選んで正解でした」
 そう言い切る今村さんは、たしかに楽しくてしょうがない、といった印象を客に強く与えてくれている。

 ジョイフル片島店 TEL0948-26-2086
 24時間営業 年中無休


飯塚の隠れた名所、喫茶「太陽」

 故吉田茂首相付きのコックが秘伝のカツ丼をこの二人に教えたことは、飯塚では多くの人が知っていて、吉田茂の孫である麻生太郎総務大臣も帰省の折には喫茶「太陽」を訪れるそうです。
 「でも最近はシークレットサービスが何人もそばにいて、なかなか自由な時間が取れないみたいですよ」と、この店を切り盛りする松村久弥、久美さん姉妹は言います。
 たしかにここのカツ丼は一食の価値があります。ほかにも食事、ケーキ、軽食、定食、デザートセットなど味は折り紙付き。アイスコーヒーはシェーカーで作るんですよ。
 飯塚に来られたらぜひ喫茶「太陽」にお立ち寄りください。

 喫茶「太陽」 新飯塚15-1 TEL0948-22-1901
 平日10時〜夕方6時 土曜10時〜5時 日・祭日休み


北星託児所を設立した入江和子さんと、あとを継ぐ奥孝子さん

 新飯塚17-13、通称「たぬき通り」に北星託児所はあります。
 1980年頃に入江和子さん(写真左)がこの地域で働く若いお母さんのために設立し、2004年の春から奥孝子さん(同右)にバトンタッチされました。
 保育士の資格を持っている奥さんは、これまでは近所の安部酒屋で「角打ち」の看板娘として有名でした。いわゆる「アベ・バー」ですね。
 「角打ちはほとんど主人まかせ。私がいなくてもけっこう盛り上がっているようですよ」

 北星託児所 新飯塚17-13 TEL0948-23-9733
 時間 朝7時半〜夕方6時半 一時預けあり。


「酒肴や○」の代表、丸山貴之さん

 2003年5月にオープンした時は「100円ランチ」を1か月続けて、飯塚市民をたいそう驚かせました。
 「広告代わりにお客さんによろこんでもらおうと思って」と、この店の代表、丸山貴之さんは言います。
 店名「酒肴や○」は、「しゅさいや・まる」と読みます。平日、昼のランチは今でも好評です。
 夜の居酒屋メニューもボリュームのわりに安くて人気があります。

 酒肴や○ 新飯塚15-11 TEL0948-25-5963
 ランチタイムは11時半〜2時(平日のみ)
 居酒屋は夕方5時〜お客様がいる限り営業。
 不定休。


もう一度アルゼンチンに行ってみたい松尾敬二さん

 「妻が了解してくれたらもう一度アルゼンチンやチリに行ってみたい」と、光画カメラの松尾敬二さん。
 旅行が好きで、特に南米は、地方都市や田舎の町並みがきれいだったそうです。
 1949年生まれの松尾さんがDPEの仕事をはじめたのは奥さんの実家がそうだったため。
 「だから私は二代目ですよ」と言います。それまではグッドイヤーの営業マンでした。
 いち早く仕事にコンピュータを取り入れ、写真のさまざまな処理や復元、デジタル画像のプリントも手がけています。A1までの大型プリントも可。
 *DPE=フィルムの現像(development)・焼き付け(printing)・引き伸ばし(enlargement)をする店のこと。

 光画カメラ 飯塚市新飯塚14-6 
 営業時間 朝8時〜夕方7時 土曜日は朝9時〜6時 <日曜休み>
 TEL0948-22-2594 fax 22-2596
 www.kougacamera.jp


いつも「自立」について考えている冴さん

 なんと25か国を旅したそうですよ。(2004年現在)
 「冴=さえ」と友だちには呼ばれています。
 最初は「パワフル」な感じがする人です。
少し親しくなると「ソウルフルな人だな」と思ったりもします。
いっそう親しくなると、「彼女はフルスマイルがいいな」と思うんじゃないでしょうか、だれでも。
 出会った人を包み込むような広さと深さを持っているように私は思うのですが、さて周囲の人はどうでしょう。彼女の友人にはどんな人がいるのか、そちらにも興味をかき立てさせる人です。
 冴さんのホームページ
 http://www.saeka.com/

 職場 株式会社セレモニー 筑豊葬祭
 住所 飯塚市菰田西3-17-8
 TEL 0948-22-4591 fax 22-4346
www.chikuhousousai.com


福岡屈指のジャズギタリスト、中嶌真平さん

 ・1981年大阪府吹田市に生まれ5歳の時から飯塚で育つ。現在、飯塚市柏の森在住。
 ・小学生のころ祖父のアコースティックギターでコードを覚える。
 ・中1になってソリッドギターを買う。やがてブルースに惹かれ、BBキングの影響でJAZZに興味を持つ。
 ・初めて本格的なJAZZに触れたのはウェス・モンゴメリーのCD。これが彼の人生に大きな影響を与えた。
 ・嘉穂東高時代にJAZZ演奏の道に進むことを決意する。以降、国内でもトップクラスといわれるジャズギタリスト田口悌治さん(1961年生まれ)に師事。現在は師である田口悌治さんとともに演奏活動をすることも多い。

 「18歳のころから人前で演奏しています。今は平均して月に20日くらいでしょうか。いずれは独自の音楽を確立したい。それがすべてのミュージシャンの目標ともいえます」。中嶌さんはそう語ります。
 新飯塚のボヘミアン・カフェで月に一度開催されるジャズライブに、福岡圏内で活躍するジャズメンが軽いフットワークで集まってくれるのも、中嶌さんが飯塚から離れないおかげと言えます。
 「JAZZは自分の考えや立場、あるいは主張といったものを表現できる、世界中の人に平等に与えられた音楽です。私は曲を書く時も演奏する時も、『自分が表現できているかどうか』をいつも大切にしています」。

 nak.gt-76.3@ezweb.ne.jp TEL090-1160-1948

 「パーティーや結婚式での演奏も引き受けます。レッスンについても相談に乗ります」とのことでした。


小料理とおでんの店「野菊」

 わずか七席しかない小さな店です。
 この店に来るようになったら生粋の筑豊人ですよ。もう言い逃れはできません。「よくぞここにたどり着いた」みたいな感じかな。
 で、どこがそんじょそこらの店と違うかと言うと、客筋がずいぶん濃いんですよ。
 この「筑豊の100人」にも登場しているカメラ好きな末永さんとか、自転車にまたがった井上さんとか、モノクロ写真の川本さんとか、もう、偏屈というか一筋縄ではいかないというか、そんな客ばっかり、、じゃないんですけどね。
 むろん近くのビジネスホテルに泊まっている人もふらりと入って来たりします。
 この店の三代目ママさんとなる朝原春子さんは、両親が熊本出身ですがご本人は飯塚で生まれ育った、根っからの筑豊人。若い頃は電電公社(今のNTT)で働いた経験もあるそうで、「古き良き時代でしたよ」と言います。
 「昭和60年(1985年)にこの店を引き継いだ時、カウンターを立派な米松にしたんです」。
 なるほど野菊のカウンターは重厚な一枚物で、「カウンターを売ってくれ」という人もいるとか。
 この店には「赤ちょうちん」の本当のやさしさが今夜も漂っています。
 おでんもいいですが、小腹が空いた時には「にゅうめん」がお勧めです。

 「野菊」 飯塚市芳雄町2-1 TEL0948-23-7883
 夕方6時〜11時半 日曜休み
写真撮影は末永節夫さん


ミンクドライの藤井功生さん

 JR新飯塚駅の真正面にドライクリーニング「ミンクドライ」があります。
 2004年春、ここに店を構える前は新飯塚商店街の中ほどにありました。
 ミンクドライの創業は1971年。店をあずかる藤井功生(いさお)さんは1965年生まれの二代目で、実直な仕事を心がけている人です。
 「衣類の汚れなどお気軽に問い合わせてください」とのことでした。

 営業時間 8時〜夜7時半 日・祝日休み
 TEL0948-22-4398


ショウデンの諸岡さんは温厚な人柄

 嘉穂郡庄内町に本社のある(有)ショウデンで、企業や工場の電気工事をしている諸岡文博さんと奥さんです。弊社もとてもお世話になっており、また無理もきいてもらっています。
 2000年に創業。「仕事が優先になって、自由な時間がなかなか取れない」とのこと。
 諸岡さんの人柄は、そばにいて気持ちがいいほど温厚、そして正直で、この夫婦にはよくしてあげたいという気持ちになります。


 (有)ショウデン 本社  嘉穂郡庄内町綱分332-18
           事業所 嘉穂郡穂波町大字若菜204-23
           TEL 0948-25-3311 fax 25-3445
           syouden555@oregano.ocn.ne.jp


青森からやって来た小田島さん

 中二の時に青森から引っ越してきた小田島さん。
 仕事の関係で今は小倉に住んでいますが、飯塚にはちょくちょく帰ってきて、地元の友人と遊ぶことが多いです。
 趣味はゴルフ。将来の夢は「安定した老後を過ごすこと」だそうで、「筑豊人は、豪快な人が多いですよね」と話します。
 物静かな性格で情熱を胸の内に秘めるタイプ。
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 飯塚は、江戸時代には宿場町、明治・大正・昭和時代も石炭産業の隆盛で人の往来が絶えなかった土地柄です。小田島さんのように余所からやって来た飯塚市民はかなり多いです。


蓮台寺小学校で絵画を教える嶋田先生

 児童にとても人気がある、蓮台寺小学校の嶋田先生です。PTAのお母さんからは「ちゃんとした主張があり、非常に存在感を感じます」との評。
 美術が専門で、教え方がうまいので県展に多数の児童が入選します。
 苅田(かんだ)町環境保全課発行「KANDA自然観察ガイド」のイラストを担当した人でもあります。


テニスがもっとうまくなりたい小林典子さん

 「テニスがうまくなりたいんですよ。仕事とテニスの両立で、毎日がすごく充実していて楽しいです」
 飯塚市伊川にあるレストワン蠅剖个瓩討い泙后すごく明るい性格で、周囲に笑いを振りまく人です。断言実行型で、努力は実る物として信じてやまないタイプでもあります。
 「友だちや家族とのつながりを大切にしたい。飯塚の人はみんないい人ばっかり。でも少しパワーが足りないかな」


知る人ぞ知る「蕎麦切倭人」さん

 関東以北で蕎麦を食べ慣れた人も「ほぅー」と感心する蕎麦屋さんが、嘉穂郡穂波町平恒にあります。
 「蕎麦切倭人」がそれ。「そばきりわじん」と読みます。蕎麦切は蕎麦と同意語です。
 店の場所は分かりにくく、それがちょっとした「隠れ家」的な要素を感じさせ、「知る人ぞ知る」といった感があります。とはいえ蕎麦の価格は、せいろ(ざる)蕎麦が700円ほど。手ごろな価格だといえます。この店を知っている人はなかなかの情報通ですゾ。

 蕎麦切倭人 嘉穂郡穂波町平恒801-1
       TEL0948-25-8066 (月曜休み)
 【西新店】 福岡県早良区西新1-7-10大産西新ビル1F
       TEL092-833-6065


国際経営コンサルタントの和田一夫さん

 国際経営コンサルタントの和田一夫さん。元ヤオハン会長と説明する方が正しいかもしれません。
 飯塚市に移住したのは2000年春。幸袋にあるIT関連ソフト開発会社の経営をされていましたが、2004年4月から経営コンサルタントの会社を設立されました。中国を中心に活動することが多く、一年のうち半分は中国で過ごしているそうです。
 とても明るくてエネルギッシュ。夢を大切にする人です。
 写真は奥さんのきみ子さんの誕生日に撮ったもの。和田さんは記念日などを非常に大切にするそうです。
 NHKドラマ「おしん」は和田さんの母親、和田カツさんがモデル。
 新しい会社の名前「阿信」(あしん)は、中国での「おしん」の書き方からとったそうです。


 有限会社阿信・和田一夫事務所
 飯塚市川津95-130 TEL0948-25-7221


本田さんは接客の達人

 新飯塚駅前のセブンイレブンに、午後から夜まで働いている本田さんは、「接客の達人」としてこの界隈では有名です。福岡一かもしれません。
 若い客には「若大将」、高齢者には「大将」などと呼び、そういわれて気恥ずかしくはありますが悪い気はしません。女性客には「このシールがたまればお皿がもらえますよ」、ワインを買うと「ワイン党ですか、今年のボジョレーヌーボは出来がいいらしいですね」と、お客をよく見ています。
 接客の仕事をしている人には実際に一度見てほしいものです。

 セブンイレブン新飯塚駅前店
 TEL0948-21-0608
 新飯塚921-1


小さいころの夢がかなった大塚さん

 稲築の幼稚園に勤める大塚恵理子さん。幼稚園ですから肩書きは教諭です。
 彼女が小さいころ通った幼稚園の「セイコ先生」が大好きで、それがきっかけで幼児の教育に関わる仕事に就くことが夢だったそうです。その点で彼女は夢がかなった人ですね。
 大塚さんは笑顔の多い人で、目に嘘が無く、ほんわかした印象をずいぶん受けます。
 今してみたいことは、「沖縄とかの南国で海にぷかぷか浮いていたい。ハンモックもいいですね。開放感がありそう」
 今、心にとどめていることは、「自分の言動に納得がいき、感謝される人になりたい。言葉の上でしか分かっていないのかもしれませんが」とのことでした。


太陽家具に勤める増田英敏さん

 19歳の時、親の転勤で姫路から引っ越してきた。
 当時の増田さんには、炭鉱としての黒っぽいイメージが筑豊にあったが、そのころ石炭産業は終焉を迎えていて、想像とは違う明るいイメージに驚かされたそうである。
 「でも大衆浴場にはまだ炭鉱時代の名残がありましたよ」という。
 増田さんが膝に乗せているのは、枯れが自作したクマの人形。彼の得意はこういった小さな人形をつくることで、硬質の樹脂の表面にやわらかい毛を付着させる技術を持っている。
 「少し前までこれを仕事にしていたんですよ。子供に夢を与えるので、これを作れる時代がまたくればいいと思う」。そう言葉を結んだ。
 1955年生まれ。庄内町在住。


パソコン相手が仕事の古賀徹さん

 専門学校でパソコンの使い方を教えたり、個人や企業向けにパソコン導入などの手伝いをしたりしています。
 博多で育ち、筑豊に来たのは25歳の時。「最初は排他的な感じもしましたが、住み着いてみると都会にはない気遣いややさしさがあって、それでいて必要以上にふみ込むようなことはない土地柄。総じて、とても暮らしやすいところです」
 妻と三女あり。「子煩悩というわけではないが娘への思いは強い。いろんなことはあるだろうけど幸せになってほしい。娘を持つ父親はだれでもそう思うでしょうけどね」
 休みの日はもっぱらテレビ鑑賞。ドキュメンタリーを特に好むそうです。1962年生まれ。


読書三昧が夢の佐々木庸行さん

 「どんな格好で写りましょうか?」と言うので、「ナンチャッテおじさん」を演じてもらいました。
 ほかに「シェー!」も撮りましたが、今やもう「シェー」を知っている人は少ないでしょう。
 佐々木庸行さん。1969年生まれ。一番食品勤務。
 若い頃に欧州やアジアを放浪した経験があるからか、どことなく大陸的な雰囲気が漂っていて、話すとおおらかさがにじみ出てくる人です。
 趣味は九州各地の市民マラソンに参加したり、プラムを栽培する農家を手伝ったりすること。「嘉穂町小野谷の石井育雄さん栽培のプラムは『えっー、これがプラム?』というほど見事ですよ」とのこと。
 佐々木さんは果物が好きで、今までに食べたモノを尋ねると、「熱帯の名前も判らないけど甘いやつやスターフルーツ・キャッツアイ・マンゴスチン・ランブータン・ドリアンなど。日本では珍しくなった桑の実はギリシアで、チェコの原っぱでは熟したブルーベリ―、ハンガリーではそこいら辺にあるプルーン、トルコでは小ぶりの洋梨、マレーシアのジャングルでちぎってすぐのバナナやビルマのマンゴー、沖縄のパイン、近くの山でもヤマモモやアケビなど切りが無い」。ひえーっ!あんた何者?
 夢は「山羊を飼いながら読書三昧の生活」だそうです。でもなぜ山羊?…
 「写真をネットで使う時は目にラインを入れてほしい」と言われたので、フォトショップで写真を加工しようとしましたが、マウスが滑って黒枠が地面に落ちてしまいました。あしからず。


千代田石材店の千代田泰さん

 新飯塚駅の裏側といえば正しくは東側になるのですが、その「新飯塚駅の東側」に、千代田泰さんの職場(有)千代田石材があります。
 千代田さんの父親と兄と、勤続20年の武石さんとの4人の会社ですが、社歴は古く100年くらい続いている会社です。
 「今の石材店は中国からの加工輸入が多く、100パーセントの店もあるようですが、うちはまだ半分くらい」だそうです。
 千代田さんはこの職場で働く前、福岡の設計事務所に十数年いました。千代田さんは実は一級建築士で、ビルやマンションの設計を、もう飽きるほどやったそうです。
 「でも建築はおもしろいですから、いつか機会があれば現職に復帰はしたいですよ」と千代田さんは言います。
 1957年生まれ。趣味は「歩くこと」ですが、その歩き方が半端じゃない。42.195キロを歩く筑豊の「かち歩き大会」では6年連続優勝だし、佐世保駅から島原城までの105キロを歩く「105ウォークラリー」は昨年優勝し、今年は2位。(2004年現在)
「もともとバドミントンが得意なんですが、ウォーキングというものがあるのを、妻が飯塚信用金庫の職員から聞いて、それで参加してみたんですよ」
 そういえば千代田さんと道端で出会った時にシャンとした感じがするのは、よく歩いているからですね。納得。

 (有)千代田石材 飯塚市新飯塚裏(大字立岩941-2)
Tel/Fax 0948-25-4535


おそうじ110番の藤川さん

 生まれも育ちも飯塚。おそうじの110番NCK飯塚の社長、藤川晴臣さんです。
 「豪放磊落」(ごうほうらいらく=度量が大きく快活で、小さなことにこだわらないさま)の見本のような人です。相当な酒豪でもあります。
 弊社が管理している物件の清掃関係をお願いしていますが、仕事ぶりはていねいでスピーディー。安心して任せられます。
 飯塚山笠では、新流・新飯塚町内の副取締役として町内をうまくまとめてくれる人です。
 水泳が趣味。今でも2劼老擇泳げるそうです。

 NCK飯塚 嘉穂郡庄内町仁保193-4
 TEL0948-82-1878 金曜休み


新飯塚ステーションホテルの田中亜希子さん

 弊社に広島の方から、「新飯塚ステーションホテルのフロントの対応がすごくよかったので、筑豊の100人に載せてくれませんか」と連絡がありました。
 そこでデジカメを持ってお伺いし、副支配人の田中亜希子さんにお話をお聞きしました。
 「温かさを伝えるホテルでありたいと心がけているんですよ。ビジネスホテルですから、お仕事で疲れて帰られるお客様が心休まる場所を提供したいんです」と田中さんは言います。
 同ホテルは麻生開発蠅了業所のうちの一つで、直方出身の田中さんは二年前まで柏の森の無印良品にいたとのこと。入社以来、接客畑を歩いているそうです。
 「フロントにいると、お客様を通じて、いろんな地方の様子や名産などを知ることができて、お叱りを受けることもたまにはありますが、うれしかったり感動したりの方が多いです」
 JR新飯塚駅から徒歩3分。11人のスタッフが24時間交替で臨んでいます。ホテル1階のサン・エトワールは焼きたてのおいしいパンを食べられる店として、宿泊客だけでなく地元の主婦や学生にも人気があります。

 新飯塚ステーションホテル 新飯塚市芳雄町4-20
 TEL0948-26-1300 Fax26-1309 http://www.s-s-hotel.jp/


ご馳走屋むつごろう

 新飯塚15-5 麻生飯塚病院のほぼ前あたりに、ご馳走屋「むつごろう」が、すぐ近くの旧店から移転し、新装開店しました。2004年6月21日のことです。
 旧むつごろうは昭和43年に、柳川出身の津田ミドリさん(大正13年生れ)が、有明海のおいしい魚介類を筑豊の人に味わってもらおうと、女手一つで開いた店で、店名も有明海に生息する魚に由来します。
 新店むつごろうもその精神を受け継ぎながら、割烹の店からもっと気軽に暖簾をくぐれるように、土と木をふんだんに使って旅籠(はたご)のイメージにし、メニューもオーナーの津田信(まこと)さんが一新しました。
 新しい試みと津田ミドリさんの想いを生かすため、直接照明と間接照明を巧みに使った二階の部屋は「めかじゃ」「みろっげ」「わらすぼ」「わけ」「うみたけ」「てぇらぎ」「くっぞこ」など、筑後の人なら誰でも分かる魚の名前を使っています。「有明の間」はVIP専用の部屋。
 「お客様が主役の癒し空間で心を込めた本物の味をお楽しみください」(ミドリさんの姪で女将のけい子さん談)

 むつごろう 新飯塚15-5 TEL0948-22-3816 fax29-0100
 営業時間 午後4時半〜12時半(ラストオーダー12時)
 全席85  35人までの宴会可(要予約)
 定休日 日曜

 写真は左から店長の雄(ゆう)さん、女将のけい子さん、包丁を握って3年目の原君、料理長の菊ちゃん。


鮮魚と惣菜の魚政

 「十数年前のこの界隈は、ずいぶん食品関係のお店が多かったんですがねえ」
 新飯塚商店街のなかでもJR駅に近い場所に店を構える船橋造(つくる)さんは言います。
 商店街にもっと活気があったころには三軒あった魚屋も、今では「魚政」だけになりました。
 「商売柄、お客さんは地元の人がほとんど。でもたまに離れた地域からなじみのお客さんが来ます。配達で付き合いの長いお客さんもいますよ」
 奥さんの美登利さんによれば「飯塚の人は言葉遣いが博多に似ていますね。味の好みもよく似ています」とのこと。船橋さん夫婦は添田町からこのお店に通ってきています。
 船橋さんがこの店を任されてちょうど10年になるそうです。それまでこの店はお兄さんがやっていて、船橋さんは兄から鮮魚の扱いを仕込まれたわけです。お兄さんは今、永楽通りに鮮魚店「魚秀」を構えているとのこと。

 魚政 新飯塚6-19 TEL/fax 0948-23-1275
 営業時間 9時〜6時 日祭日休み
 魚介類の他に奥さんの手による惣菜もあり。


和風料理の「よし村」

 第一不動産の4軒隣に、お食事処「よし村」があります。
 営業時間は午前11時半から夜10時までで、昼食も食べられるし弁当も配達してくれるので、弊社としてはずいぶん助かっています。
 1995年に吉村晴美さん(写真左)がオープンしたこのお店は、「サバの煮付け」のおいしい店としてRKBテレビに紹介されました。たしかにサバの煮付けは客をうならせるものがあります。
 吉村さんは言います。
 「出張のビジネスマンや単身赴任の男性が多いので、毎日味を変えて家庭の匂いを少しでも出してあげたいと思うのですが、一口に家庭料理とは言っても、お客様にどこまでよろこんでもらおうかと思う気持ちの深さで、味がまったく違うものになります」。
 なるほど。
 吉村さんは飯塚で生まれ育ちました。「飯塚はいいですねえ。なかでも新飯塚は、派手さはないけどお店同士でもコミュニケーションがあります。町なかではなかなかそうはいきません」。
 

 よし村 TEL0948-24-8815 (写真右は従業員の洋子さん)
 営業時間 11時半〜10時 日曜休み(祭日は夜6時〜10時)
 惣菜や鉢盛りの注文も可


イタリア料理「ニコーラ」の沖宗忠幸さん

 筑豊にはイタリア料理が食べられる店がいくつかあります。
 飯塚市吉原町4-6黒岩ビル1Fの「ニコーラ」はそのうちでも代表的な一軒。
 正式には「Ristoro e Vineria Nicola」という名前のこの店は、1970年生まれの沖宗忠幸さんが2003年2月にオープンした店。
 店作りの基調はラテンを意識し、木材もうまくつかってやさしさを出しているため、客はつい長居をしてしまうらしい。
 沖宗さんの趣味は愛車のルノー(1990年製)を走らせながらラテン音楽を聞くこと。「こういった雰囲気が店でも出せればいい」と話していました。

 ニコーラ TEL/fax 0948-24-9700
 飯塚市吉原町4-6黒岩ビル1F
 (ファミコンショップRainbowの斜め向かい)
 営業時間 夕方6時〜12時 日曜休み
 *単品でもコースでもOK、前菜からデザートまで各種あります。


飯塚シティガスの田中芳明さん

 飯塚シティガス(有)代表の田中芳明さん。1966年生まれ。
 同社は父親の田中巳喜男さん(故人)が40年ほど前に創業した会社で、一人息子の田中さんは幼い頃から父親の運転する軽トラックに便乗して、客先を回っていたといいます。
 「だから古いお客さんは40年の付き合いで、私の小さい頃のことをよく覚えてくれています」と話します。
 父親は職人肌だった、と田中さんは言います。小さい頃から父親の働きぶりを見て、「商売をやっていく上で、正直であることが大切だと学んだ。お客からそのことを言われると、父親と私の両方をほめられているようでうれしくなる」とのこと。
 「50歳くらいになったら世界中を旅したい」が夢。今までにイタリア、韓国、ハワイを旅行したことがあるとか。
 ―日本人はもっと外国に出て、自国をきちんと主張できるようになるべきだーが田中さんの主張です。

 飯塚シティガス(有)
 穂波町堀池65-3 TEL0948-22-6941
 citygas@nifty.com

 *写真に写っている山は「筑豊富士」とも呼ばれているボタ山です。


畳作りの一級技能士、右橋慎一さん

 右橋慎一さん。1958年生まれ。筑穂町出身。
 畳作りの一級技能士として、飯塚市で(有)右橋製畳を経営している、いわゆる「畳屋さん」である。
 父親の右橋四郎さん(大正12年生まれ)が創業した当時は「畳床」といわれる畳の内側を専門に作っていたが、右橋さんの代になって畳の新調や表替えをするようになった。
 「最近は安い畳も出回っているが、やはりそれだけのものでしかない。畳本来の感触は味わえないですよ」と言う。
 畳のある部屋の良さとして、「居間にも応接間にも寝間にもなる便利さ」を右橋さんは挙げる。畳にごろりと横になった時の心地よさは日本人にしか味わえない感触で、だからこそ畳作りを続けていきたい、と話していた。
 趣味はソフトバレー。「チームアップ」というチームに属している。幸袋小学校の体育館で週に一度、体力作りとストレス発散で汗を流しているとのこと。

 (有)右橋製畳 飯塚市大字中68-1
 TEL0948-22-4052 FAX 0948-22-4134


建設資材販売の三善機工で働く皆さん

 嘉穂郡穂波町大字弁分(べんぶん)118にある蟷袷欝々で働く皆さんを、同社の倉庫に集まってもらって写したこの写真には、見るからに仲が良さそうな感じが漂っている。
 写真というものはあんがい真実を伝えてくれるものだから、おそらくそうなのだろう。
 決してお世辞ではなく、仕事へのひたむきさのほかに楽しさみたいなものも伝わってくる。

 同社はビル建設や土木工事用の建設資材を販売しており、筑豊一円をエリアとしている。
1970年に飯塚市片島で堤一広さん(写真・右から二人目、1935年生まれ)が創業し、12年後に今の場所に拡大移転した。

 「鉄筋や釘、針金のように、コンクリートや壁の中に埋まってしまうものとか、足場やワイヤロープなど、普段は目にしないものが大半です」と、堤社長は言う。
 専務の堤基昌さん(同・後列中央、1963年生まれ)は「仕事柄、現場監督や作業員の皆さんと会う機会が多いですが、筑豊の気質らしく、ざっくばらんで竹を割ったような性格の人が多いです」と話す。
 「表立って感謝されることは少ないが、暮らしの基礎に直結している仕事に誇りを持ちたい」とも話していた。

 蟷袷欝々 嘉穂郡穂波町大字弁分118
 TEL0948-22-9151 FAX 0948-29-4461

 写真・前列左から菊地晃三さん、山下勝磨さん、堤社長の奥さんの裕美さん、事務の有光久美枝さん。


JRバスの運転手、赤峰さん

 筑豊を走っているJRバスの運転手、赤峰さんは1970年生まれ。
 運転手になったのは34歳になってから。以前は福祉関係の職場で働いていました。
 「いつか使うかもと思って取得しておいた大型二種免許が役に立ちました」と言います。
 「小さな子供にお礼を言われたり、お年寄りと冗談を言い合ったり、ほんのわずかな時間ですが、かえって心に染み入ったりします」
 趣味は車いじりとかエリック・クラプトン系の音楽。俳優の福本清三さん(日本一の斬られ役)のファン。
 休日には子供といっしょに過ごすのが楽しいという、やさしいお父さんでもあります。
 山田市在住。


ゆめつくし」を栽培する中園さん夫婦

 嘉穂郡筑穂町でお米を栽培している中園徳之さんと妻のスミ子さん。
 中園さんご夫婦は農業で二人の子供を育てました。
 田んぼの広さは七丁。一丁が三千坪ですから相当な広さです。
 「稲刈りの時がいちばん楽しい」と徳之さん。品種は「ゆめつくし」だそうです。
 稲作のほかに高菜の一夜漬けを、飯塚の青果市場に卸してもいるそうです。
 昭和十四年生まれの徳之さんは、「釣りが趣味だが五十五歳まで鴨を撃っていた」。スミ子さんの趣味は編み物だそうです。
 「主人はやさしい人ですよ」とスミ子さんは言い、「女房は料理が上手だよ」と徳之さんは話していました。


ROCK・HOUSEの中嶋英治さん

 新飯塚商店街の、遠賀川に近い場所にある「ロックハウス」。
 いわゆる「インターネットBAR」です。
 入ってすぐにBARカウンターがあり、店の奥にはネット用パソコンが数台とコミックがあります。一杯飲んでぼんやり時間をつぶしたい人にはうってつけの場所ですね。
 マスターは1982年生まれの中嶋英治さん。静岡県で生まれてすぐ飯塚に来ました。
 「小さいころからずっと飯塚なので、私にとって友達が多いことが、この町の良さですよ。ただ、遊ぶところは少ないですね」と彼は言います。この店を作ったのも「自分がいて楽しめる場所がまず必要だと思ったから」のようです。
 だから今のところ休日はなし。営業時間は午後3時から深夜3時まで。TEL090-5931-7353

 中嶋さんの趣味のいちばんはブラックバス釣り。「市内の沼や池にはたいていいますよ」とのこと。


デザイナーになりたいBONG JONさん

 フィリピン人のボンさんが、生まれ故郷のセブ島から日本に来て2年になります。
 今は飯塚市内の引越センターで働きながら、福岡にあるデザイン学校に入学する準備を進めています。
 「小さいころから日本での生活を夢見ていて、小学校の時にも日本のお寺を絵に描いたりしていました。実際に来てみると、刺身やお寿司がとてもおいしく、特にわさびは素晴らしい味がします」
 ボンさんは三人兄弟の長男で、趣味はスキューバダイビングやダンスなど。カメラや旅行にも興味があるそうです。実家は建築業を営んでいるとのこと。
 「できることならこのまま日本に永住したいけど、長男として、故郷の親にしあわせな生活を送ってほしい。そのために日本でがんばりたいです」と話していた。
 飯塚は学園都市やIT特区の関係もあって、外国人と触れ合うきっかけの多い町です。


グラフィックデザイナーの池上友則さん

 池上友則さん。1979年飯塚生まれ。
 「福岡で働いたことはありますが、住所を飯塚から移したことはありません」と言う。
 「やりたいことはどの町にいてもやれる時代ですから」。
 2004年夏、新飯塚11-3(新飯塚商店街)にデザインショップ「スリーパー」を構えた。グラフィックデザインの企画・制作がメインで、店舗内にインポートや古着が並んでいるのは、デザイナーとしての方向性を感じてもらうため。
 「ライフスタイルを分かってもらうだけでなく、いろんな人との出会いが刺激になる」と話す。
 仕事は各種カードやショップのDM,イベント関係のフライヤーデザインが主。
 デザインに関して敷居の低い店なのでちょっと覗いてみてはいかがでしょう。
 TEL0948-23-5474
 営業時間:午後3時から午後8時まで(店)。不定休。


歯科衛生士の松岡亜紀子さん

 ふじい歯科医院(稲築町岩崎)で歯科衛生士をしている松岡亜紀子さん。
 「手に職をつけたかったから」というのが、この仕事を選んだ理由。同じく歯科衛生士をしていたいとこの影響もあったらしい。
 「小さいころはパティシエ(菓子職人)になりたいとも思っていたんですよ」。クリクリした目を輝かせてそう言う。
 高校を卒業後、生まれ育った山田市を一年ほど離れて小倉の専門学校に通った。
 趣味は旅行。「ちょっと遠出をして、紅葉を見たり野に咲く草花を見たりしたあと、ゆっくり温泉に浸かるのがいいですね」と話す。
 最近、南米ペルーのマチュピチュを訪れたのは、小学生の時から抱いていた夢をかなえたかったから。「次はカナダでオーロラを見てみたいけど、休みが取れないんですよ」と少し残念そうに笑う。
 筑豊のいいところは、「のどかで、人が温かいところじゃないでしょうか」と言う。「ただ、若い人の行ける店が少ないですね」と話していた。

 ふじい歯科医院 TEL0948-42-0111
 稲築町岩崎885-1(ハッピー薬局前)


太極拳を習っている沼田裕子さん


 英語力を身につけるため一年あまりイギリスに住んだ経験があり、インドでも6回、計1年半ほど暮らしました。「つくづく思うのは、日本はとても静かな国ですよね。でも少し窮屈ですけど」。
 田川郡糸田町に生まれ育ち、福岡の短大でインテリアコーディネーターの世界を学びました。
 「朝起きたら、私の家の窓やベランダから、英彦山や福知山が見えるんですよ。この町は自然がたくさんあっていいですね。食べ物もおいしいし、ちょっと車で走ると温泉がたくさんあるのが最高!」。
 趣味は旅行。忍耐力をつけるため太極拳を一年前から習っているそうです。


仕事の合間に名車の再生を手がける上田岳義さん


 飯塚市伊岐須509-7にある「ボディショップ上田」で働く車体整備士の上田岳義さん(写真:1974生まれ)。同店代表者で父親の上田憲昭氏がもともと三菱自動車の板金塗装をしていたことから、今の仕事を家業として手伝うことになった。「小さいころ父の仕事場に行くといろんな車が置いてあり、自然と車に親しむようになった」という。古い名車の再生も仕事の合間に手がけている。とはいえ時間のやりくりが難しく、この道に入って5台くらい。今は昭和48年式の三菱ランサーGSRに取り組んでいる。同店にはほかにも1931年式のフォードや1959年式のダットサン1000、和製ビートルと呼ばれたスバル360などが客から持ち込まれている。仕事の基本姿勢は「働くなら楽しく」。それが「客のニーズに合わせる」という個人事業の強みにつながっている。趣味は山歩きと自転車、そして食べ歩き。生まれ育った飯塚はその点でも暮らしやすいと言う。いま興味があるのは「原点に戻った生活を何かひとつでも持つこと」。最近古い家を買ったのも隣近所とかかわりを持ちたいとの思いから。現代人は快適さばかり求めて孤立化していくのではと危惧もしている。
 家族は妻と一男

 営業時間は午前8時から午後9時まで。日曜祝日休み。
 TEL0948(24)5058


新飯塚駅そばのアンジョルノカフェでちょいと一服


 いい意味での軽さを感じさせるカフェ。2009年12月に佐藤俊介さん(1980年生まれ)がオープンさせた。
 JR新飯塚駅西口を出てすぐ左に見える。駅から徒歩で1分。場所柄、電車を待つあいだの時間つぶしに使う客もいる。
 メインはイタリアンカフェだが、訪れる人によってワインバーだったりカクテルバーだったり、あるいは喫茶店の顔も併せ持つ。一つの顔に特化せずに敷居の低さを演出しているのも、今どきの特化とも言えるかもしれない。
 ゆるさの漂う空間でゆるいひとときを過ごしてみてはいかがでしょう。テイクアウト(お持ち帰り)あり。

 営業時間:11時半〜25時
 TEL0948-23-8001


鍋の王道を歩きたいと、「食善く処 松の素」の松本隆店長


 嘉穂劇場のそばで27年続いた寄せ鍋の「まつ本」が、新飯塚に引っ越してきたのは2016年9月30日のこと。
 移転オープンと代替わりもあって、名前を「食善く処 松の素」と改めた。

 店長の松本隆さん(43/写真)は話す。「もともと新飯塚で父親が創業し、地道な努力で『鍋といえばまつ本』として知られるようになりました。新しい店は、古くからのお客さんも大事にしながら、私の世代のお客さんにも来てもらえればと思っています。味にきびしい土地柄ですから、それを励みにして、和風だしの王道の鍋を追求していきたい」。
 刺身醤油やポン酢、天つゆなどは出来合いのものを使わず、店独自に調合しているのが強み。メニューにない鍋もあり、「今日のおすすめ鍋はなに?」と聞いてもらえれば、たいてい出せるとのこと。

「自分が造ったものをお客さんが食べて、おいしいと笑顔で言ってくれた時のうれしさは格別です。黙って帰られると、味はどうだったんだろうと気になります。そしてまた来てくれて、おいしかったんだと胸をなでおろすこともあります」

 飯塚市新飯塚15−26
 TEL0948(24)8062
 時間 夕方5時から深夜11時まで(ただし成り行き)
 店休日 月曜日

 ▼取材者(川原藤 楽空)の目
 鹿児島の中小企業診断士、田上康郎氏から電話があった。新飯塚で一杯飲んでいるから来ないかと言う。それでしぶしぶ行ったお店が、松の素。ところが鍋がすごくおいしくて、この店は正直だなと思ったのが素直な感想。


幸せを実感している、シャンソン化粧品’elua(エ・ルア)の脇田法子さん


 小学校にあがる前年、熊本から新飯塚に引っ越して来た。
 「当時の飯塚は炭鉱景気に沸き、公民館には習字やそろばん、ギター、絵画、日本舞踊、大正琴など、いろいろな習い事教室があって、母は私を、自立して生きていける女性に育てるために、いろんな習い事に行かせました」と脇田さんは当時を振り返る。おもに、茶道や華道など日本特有の文化を習ったという。
 その縁で京都の池坊短期大学を卒業、母親の仕事であるシャンソン化粧品販売店を継ぐため飯塚に戻り、飯塚信用金庫の担当者の助言で同信用金庫新飯塚店に3年間勤めたあと、家業を継いだ。
 「自分の力で生きることをいくら習っても、世の中はそれだけでは生きていけません。今の仕事も、いいお客様を紹介していただくなど、人の力を借りることがとても多いです」。そのために信用と出会いが大切だと脇田さんは言う。
 2016年6月に、しんいいづか商店街振興組合の理事長に就任、「組合員さんもさまざまな努力や工夫をしています。それをもっと知ってもらい、成果に結びつけられたら」と話す。

 知ってしまったらほったらかしにできない性分で、「いい話や楽しいことは、だれかに伝えたい。当店がそうありたいし、商店街や町ぐるみでやっていることもそうなってほしい」。これからについては、「主婦が余暇を利用して働ける、楽しくてきれいな仕事なので、周囲にどんどん伝えて仲間を増やしたい」と話した。
 自分のこれまでを言葉で表すなら? の質問には、「熊本から飯塚に来たことも、いろんな習い事や勉強をさせてもらったことも、選んだ仕事や今の立場も、ラッキーのひと言に尽きます」と答えた。

問い合わせと予約は平日の午前10時から午後6時まで
シャンソン化粧品CEサロン’elua
飯塚市新飯塚17-13 0948-22-2545
……
 取材を終えて:脇田法子さんといえば、「フラダンスを踊る人」としても周辺住民に知られている。新飯塚商店街で年に数回開催される「ぶらり市」でも、いろんな苦労は胸に秘め、フラの仲間と楽しく踊る。店名’eluaとはハワイの言葉で二番目。母の仕事を継いだ二代目という気持ちを込めている。(川原藤楽空)


世界に羽ばたくパティシエを飯塚高校から


 学校法人嶋田学園/飯塚高等学校(嶋田吉勝理事長)の製菓コースに林田英二先生(写真:左から3人目)を訪ねた時、秋に開催される「第10回スイーツ甲子園」の全国大会に向けて、生徒は練習の真最中だった。
 この大会で優勝や準優勝、ほかのコンテストでもたびたび結果を残したことがあり、飯塚高校の製菓コースで学ぶ生徒には大きな達成感があるだろうと林田先生は言う。

 もともと、パティシエ(フランス語で菓子職人)として、飯塚のセゾンや福岡のホテル日航福岡など、現場で10年ほど働いていた。そこに飯塚高校の製菓コースから、本格的なパティシエを育てたいので力を貸してほしいとの打診があり、教員を引き受けることにした。「旧長崎街道/シュガーロード沿いにある飯塚高校で、全国や世界に羽ばたく人材を輩出できたら、自分の成長にもなるのではと考えました」と語る。

 本町商店街にある井筒屋サロンに、販売実習を兼ねた常設店を持ち、焼き菓子や生ケーキを販売している。「お菓子を通じて、社会に通用する人材育成にも努めています」。
 同コースの卒業生のうち、半数以上が食に関する道を選んでいると林田先生は話す。

 本来は製菓衛生師という国家資格を取るためのコース。福岡県内にはほかに、精華女子高校(福岡市博多区)、折尾愛真高校(北九州市八幡西区)に国家資格を取るコースがあり、飯塚高校は全国で2番目(平成17年)にできた歴史を持つ。

 「日本のパティシエは世界でもトップレベルで、フランスと肩を並べていると言ってもいいと思います」。心が繊細なために小さなところを大切にし、それが日本人特有の味覚になっているのではと推測する。

 飯塚高校はグローバル教育の一環として、海外の高校と姉妹提携をしており、中国やニュージーランド、ドイツなどから留学生を向かえ、製菓コースでも現在、韓国の留学生が学んでいる。

……
 取材を終えて:職務に非常に忠実で、真っ直ぐな人との印象を強く受けた。仕事とか生きがいとか、あるいは趣味とかを突き抜けて、このために生まれたのではないかとも思われた。このことは生徒に後年、とても影響を及ぼすだろう。おそらく師と呼ばれる人の最大の功績は、ひたむきな背中を見せることだろうから。(川原藤楽空)

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